お店の歴史

老舗ワッペン屋のJOY。

この15年、センスと知恵でさまざまなワッペンを作り出している岡本社長に、
お店の歴史をお伺いしました。
どうもこのお店、ワッペンだけではないようですよ!
さとし

■このお店は元々こういうお仕事だったのですか?


元々は父がこの店でジーンズショップをやっていました。70年代です。
ちょうどジーパンがブームでその頃に始めたようです。
ここから近いところにタイガースの寮(虎風荘)があって、
ジーパンを買いに来たタイガースの選手がそのままウチの中でゴロゴロしたり
ゴハンを食べたりといった状況が
僕が物心ついた頃には出来上がっていました。
なので選手がいつも数人家の中に居るという特殊な子供時代でしたので、
野球=タイガースという概念は既に植え付けられていました。
僕自身右投げ左打ちに矯正されましたし(笑)

その状況は新しい虎風荘ができる頃まで続いたと思います。
今でもコーチや監督の方々はお付き合いありますよ。当時選手でしたから。
その辺りの話は母が世話していたのでいくらでも話してくれます。聞いて下さい。




■今の仕事に切り替わったのはいつ頃?


2000年頃でしょうか。
当時は応援グッズがメインでユニフォームはほとんどやっていませんでした。
その1年後か2年後にユニフォームにゼッケンを付ける事を始めました。
装飾は星や桜などの単純なものしかありませんでした。
それでもその頃この近辺にそんな事をやっているお店はウチしかなかったので大変な混雑でした。
名前と背番号だけしかやっていなかったのに、みなさんこぞっていらっしゃいました。

最近は球場の近くにもワッペンを売っているお店ができたのでウチの事を知らない方もいますが、
そもそもユニフォームをデコレーションするという文化自体なかったですから、
その文化自体は母と僕が作ったと自負しています。

今でも知る人ぞ知るという扱いを昔からのお客様はしてくださっているので、ありがたいです。
お父さんに連れられてきた小さなお子さんが成人して1人で来るというような
時代の流れを感じる事件も最近多発していますので、
長くやっていると面白いことあるなと思います。




■その頃からご自身で製作していたのですか?


いいえ、外注でした。でもその業者さんがなかなか仕事が遅くて・・・(笑)
忙しかったのできっと在庫分で手一杯だったのでしょうが、
お客様の色指定で受けたワッペンが一ヶ月待っても来ないという状況になったりしました。
同時に在庫分もなかなか揃わなかったりして困っていたのですが、
たまたまこういうものを作れる機械がどんなものかを知るチャンスがありました。
そこで徹底的に調べあげ、マーキングという業種に参入する事になりました。

最初はヒートカッターという半田ごてのようなものを
ロボットのアームが動かして布地を切るというものすごく原始的な機械を買いました。
データ製作については元々僕はアパレルの会社に居たのですが
その時にデザインやDMの製作もやっていましたので
illustratorというソフトが使えたのが大きかったです。
もちろん全ての技術を持ち合わせていたわけではないので毎日勉強しながら覚えました。
今ではグラフィックの仕事を受けて企業さんに納める仕事も請け負うレベルになりました。
なんでもやれば上達するものですね。




■今もヒートカッターを使用されているのですか?


いえ、その後ヒートカッター二台に
物理的なプロッター一台まで設備を増設してなんとか回していましたが、
夜通し動かしても足りないほど「遅かった」んです。
早く切ると生地が溶解しきらないうちに熱ペンを動かしてしまうので、
生地が引っ張られてメチャクチャな事になるので、
ゆっくりゆっくり切る必要があったんです。
それで二台をフル回転させていたのですが、
いよいよこれではどうにもならないと思った時に
レーザーカッターというものがあると知りました。
ヒートカッターの三倍ぐらいの値段だったので躊躇しましたが、
背に腹は変えられず導入しました。
初めてレーザーカッターが稼働しているのを見た時はカルチャーショックでした。
いままでかけていた時間はなんだったんだと思うぐらいすごい速さで切れるんです。
しかも綺麗に切れて。ヒートカッターではできなかった細かい部分まで切れるんです。
今はレーザーカッターも二代目になり、
高出力でアクリルや木材を切ったりできるスグレモノです。
これもまた高かったですが、頑張って買いました(笑)


レーザーカッター


■デザインもやっているのですか?


そうです。お店にあるものはほぼ全て僕がデザインしています。
絵を描いて、PCでデータにして、作って、販売しています。
ネタは自分で考えることが大半ですが、
今ではお客様が「こういうものが欲しい!」と言ってくれるので助かっています(笑)

自分でデザインしているぶん、
他の業者やヤフオクで僕のデザインをまるっとパクっている商品を見ると悲しいですね。
盗作はやめて下さい。




■絵の学校へ行っていたのですか?


いえ、完全な独学です。
子供の頃から絵を描くのが好きで、よく写生大会とかで表彰していただきました。
漫画家になりたかったのですが、お話を作るのがどうしてもできなくて・・・
かなり本気で勉強して、スクリーントーンやGペンまで買って練習してたんですけどね(笑)
アパレルに居る頃はほとんど描いていませんでしたが、
学生の頃まではよくスケッチブックに色んなものを描きました。
テストの問題用紙の裏はいつも落書きだらけだったので
中学、高校の先生もそっちに進むだろうと思ってたみたいです。
大人になってから基礎を学びたくて美術解剖図を買い込んで黙々と勉強しました。
今でも至らない所だらけなので描く量が足りないなと思っていますが
仕事として受けるものは何度も描きなおして納品しています(笑)




■絵の仕事もしているのですか?いつから?


アパレルの会社をやめてからこの仕事に入るまでの間、
靴に絵を描いて売っていたんです。
それをなんばパークスのカフェにおいてもらって、
けっこう評判が良かったんですが時間がかかりすぎるので今は受けていません。
絵を仕事としてちゃんとやりはじめたのはそれが初めてだと思います。
会社にいるときにもTシャツのデザイン等していましたが、
ブランドの力もあったと思いますので。
その後今の仕事をやりつつ、アパレル用のグラフィックや
某アイドルさんの似顔絵や有名洋菓子店さんのパッケージデザインなど
様々な仕事をやらせていただいています。
クライアントの要望されたタッチで絵を描くことができるのが強みなので、
ロウブロウアートから萌えイラストまで幅広くタッチを変えて描いています。


いろいろなタッチのデザイン


■企画、製作、販売を全部ご自分でやるのは大変じゃないですか?


大変です(笑)
実際毎日夜遅くまで仕事場にいて休みなんか全然とれていません。
経営部分もですから、物理的に時間が足りないなとは思っています。
しかし人に任せられる部分というのがあまり多くなく、
お客様にとっても
「お兄ちゃんに頼みたい」「JOYさんにしか頼めない」
という思いでいらっしゃる方も少なくありませんから
休んだり人任せにできないなという責任感でなんとかやっています。
実際、目の前でデザイナーが要望を聞きつつ
その場でデザインするなんてお店他に無いですからね(笑)

デザインに自信があって、それとクオリティで勝負するからには
自分自身のセンスも常に磨きをかけていないといけませんし、
技術的な勉強も毎日必要です。
時々コスト度外視でやっちゃうのでそこが問題ですが・・・(笑)

洋服屋でも建築家でも料理人でも「技術があってもセンスがない」という人は存在します。
うちが取引させて頂いている業者さんがまさにその言葉を口にしていたのですが、
何十年とやっていると技術は磨きようがあるけど、
センスだけはどうしようもない、と仰っていました。
それがお客様にはわからないこともあると思うんです。
だからウチにあるものは僕が全部デザインするんです。
作り上げてダメだと思ったら作り方を変えてまた作るんです。
最終的にお客様が嬉しそうに
「頼んで良かった!」と言ってくれる顔を見た時に
頑張ってよかったなと思います。

仕入れて売っているのではなく、
作って買ってもらう事に意義を感じています。
それは僕そのもののセンスと技術を買ってくれていることとイコールだからです。
だから全ての商品に魂を込めて作っています。
だから否定されると凹みます(笑)
でもものを作って人前に出す以上は批評されてしかるべきだと思っています。
なので意見は大歓迎です!


さとし

(構成/S.A)

看板猫

虎徹(こてつ)

誕生日
 2013年4月23日
年齢
 よんさいとちょっと
性格
 きまま、あまえんぼ
趣味
 ひるね
すきなもの
 ささみ、むし、はこ
にがてなもの
 びっくりさせるひと、くるま

西宮でオリジナルTシャツ・ワッペンを作るならグラフィトンズ!

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